azumur

2018.09.09
テキスト:柊明音

遠い花火

 昨夜、母と蕎麦屋で待ち合わせをした。相変わらず中身のない、宙に浮いた会話を母と交わす。なれ親しんだせいろ蕎麦はいつ食べても美味しくて、その優しい味が私の心をちょっぴり潤す。

 ごはんを食べられる気力。ごはんを美味しいと感じる心。それらを失わないかぎり、私はまだ大丈夫なんだと自分に言い聞かせる。一方では「何を悠長にかまえているのかこの馬鹿者! だから何も変わらずこの有様なんだろう!」という声が頭のなかで鳴り響く。

 「うるさい! 私は光も食べるし闇も食べる! 良いことを素直に受け入れて何が悪い! あっちへいけ!」と反抗を繰り返す。

 土曜日の夜というのもあってか、普段より店内は慌ただしく、すぐに満席となった。蕎麦屋でありながら落ち着いたダイニングバーのような一面もあるこの場所は、誰もがのんびりとした時間を過ごす。

 それでもお店の扉を開いては満席であることにガッカリする客が絶えないので、私と母はビールのおかわりを頼まず、そそくさと席を離れることにした。こういうところは妙に息が合うので嬉しい。

 母は路地裏を抜けてスナックへ向かった。暗闇へと消えていく母の後ろ姿を、私はぼんやりと見つめていた。一体、どんな表情を浮かべているのだろう? 母は人生を楽しんでいるのだろうか? 本当に、幸せなのだろうか? 考えても仕方がないので自転車を走らせる。せめて自分の知らない場所では幸せであってほしい。

 YUKI の「ひみつ」が頭のなかに流れ込む。浮気をしたいわけではないけど、私も「火傷したい」のかもしれない(すでに火傷だらけでボロボロだというのに!)。

 自宅に戻り、バドワイザーの缶を開ける。まもなくして花火の音がどこからか聞こえた。先月も花火の音を聞いた気がするが、この日は不思議とフラッシュバックが続く。誰かといっしょに見たのが嘘のように思えるほどの遠い過去。

 そういえばもう長いこと花火大会に足を運んでいない。見たい、見たいと思いつつも行動に移せていない。花火大会にかぎらず、そういうことが昔と比べて多くなった。行動力や欲望が歳をかさねるたびに薄まっていくのが悲しくて、恐ろしい。

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